ともに生きるを考える

2018年11月16日

「やまゆり園事件の刑事裁判が開かれるので、そのときに何を書くべきか、いまも考えています。」

先日、取材のやりとりで、朝日新聞・横須賀支局長太田氏からいただいた言葉だ。

今回の取材の中で、太田氏は私が表現するニュアンスをきちんと伝えるということにすごく神経を使ってくださった。また、「私の活動で多世代・多様性ということに重きを置くようになったのは、どういうところから来たのか」、その発想のメカニズムを掘り下げることにすごく力を注いでくださった。

私自身、取材を受けた中で、ここまで丁寧に背景を聞いてくださったのは初めてのことで驚くと共に、なぜこうもきちんと聞いてくださるのかとも感じた。

そして、それは、先述の、このやまゆり園事件の取材経験が大きかったのではと推察した。

この事件、そして、その取材がメディアの方にどういう影響を及ぼしたのか。それを理解したいと思い、太田氏から紹介していただいた

「妄信(もうしん)」(朝日新聞出版)

を読ませていただいた。これは、朝日新聞の記者の皆様が、相模原障害者殺傷事件を取材した記録である。

読みながら、取材をした人、取材を受けた人、その周りの人たちの心や表情が頭の中に巡った。同時に、私が突き動かされるように積み重ねている活動の「なぜこれをやるのか」の部分の答えとなるような言葉や事実を本からいただいた。とても辛く悲しい事件ではあるが、この事件をきっかけにメディアの人が障害者を取り巻く現状を知り、私たちの葛藤を共有してくださったことは、不適切かもしれないが一人の親としてありがたかった。お時間があれば、ぜひ読んでいただきたい。

2025年には団塊世代が75歳以上になり、認知症患者が700万人に達すると見られているそうだ。ハンディを持って生まれていなくても、いきていれば誰しもが通る「老い」。そのなかで、徐々に生産力が失われる存在となっていく。

「高齢者と障害者をどう扱うかに、市民と国民の性格が現れます」(「妄信」P119)

日本は、果たしてどこに向かっていくのか。

本の中には、「想像力」という言葉が使われていた。高齢者や障害者が、どういきたいのかを想像すること。高齢者や障害者といっても、一人一人そのWillは違う。それも含めて、想像する。その努力をし続け、そこに向かって行動し続けること。

その一つ一つ、一人一人の積み重ねが大切だということを感じる空気を、障害を持っていても、生産性が低くても、自分の思いを持っていきていていいんだ、自分らしく生きていいんだ、役割はあるんだと感じられる空気を社会に育むこと。それが、ともに生きる力を社会に育むということなのかもしれない。

朝日新聞社の皆様、これからもともに生きてください。